概要

三原やっさ祭りは、広島県三原市で毎年8月の第2日曜日を含む金曜日・土曜日・日曜日の3日間開催される夏祭りです。三原市の公式サイトによれば、中国地方を代表する夏祭りとして約40万人の人出で賑わうとされています。祭りの中心は「やっさ踊り」と呼ばれる伝統的な踊りで、約4,000人の踊り手が三原駅前周辺のコースを練り歩きます。

この祭りは、昭和51年(1976年)に三原商工会議所が主催していた花火大会、三原観光協会が主催していたやっさ踊り、商栄会が主催していた夏祭り子どもやっさの三つの行事を一本化して誕生しました。やっさ祭り振興協議会の設立趣旨には、「市民総参加で心の触れ合いの場づくりの行事とし、若者が運営の中心となり、市の一大観光資源として定着させる」という理念が掲げられています。現在も運営は、各団体で構成される「三原やっさ祭り振興協議会」と、若者で構成される「やっさ祭り実行委員会」が担っています。

歴史・由来

やっさ踊りの起源は、約450年前の永禄10年(1567年)にさかのぼります。戦国時代の智将と称された小早川隆景が、瀬戸内の水軍を統率するために、水・陸・交通の要地である備後の国・三原の湾内に浮かぶ小島をつないで海城を築きました。三原市の公式サイトによれば、この築城完成を祝って老若男女を問わず、三味線・太鼓・笛などを打ち鳴らし、祝酒に酔って思い思いの歌を口ずさみながら踊り出したのが始まりと伝えられています。以来、大衆のなかで祝いごとは「やっさ」に始まり「やっさ」に終わる習わしになったと言われています。

やっさ踊りの名称は、はやしことばの「やっさ、やっさ」という掛け声に由来します。踊り手たちが「やっさ、やっさ」と声をかけ合いながら踊ることから、いつしかこの踊りを「やっさ踊り」と呼ぶようになりました。また、その歌詞は時代とともに移り変わり、近郷の地唄やはやり唄の影響を大きく受け、歌も身なりも変化してきました。踊り方にも型がなく、賑やかにはやしを取り入れて自由に踊るスタイルが定着しました。

明治時代の初め頃には、やっさ踊りは全盛を極めました。当時は子どもが踊りの先頭に立ち、白シャツに白鉢巻き姿で、両手に日の丸扇子を持って踊り、その後に各組の踊り子が続いたといいます。また、当時の娘たちは皆三味線を弾くことができ、毎年うら盆の3日間は町中を踊り回り、夜が明けるまで賑わっていたと伝えられています。

近年ではやっさ踊りは、新聞、テレビ、ラジオ、CDやDVDで紹介される機会が増えました。昭和45年(1970年)の日本万国博覧会や、米国建国二百年祭などにも出演し、国際的な舞台でも披露されました。周辺市町村にもやっさ踊りが広まり、広島県の代表的民謡踊りの一つになりつつあります。

見どころ

やっさ踊り:約4,000人の踊り手が三原駅前周辺のコースを「やっさ、やっさ」と練り歩きます。この踊りは「足の踊り」と呼ばれ、決まった型がなく、はやしのリズムに合わせて各人各様に自由に踊れる点が最大の特徴です。三味線、鉦、太鼓、笛、四つ竹など賑やかなはやしと歌声に合わせて、見ている者も思わず踊りたくなるような陽気な雰囲気が会場を包みます。

やっさ太鼓:三原やっさ祭りが20周年を迎えた1995年に、新たな地域文化として創設されました。メインオリジナル曲「やっさ太鼓」は、演奏に合わせてやっさ踊りが踊れるようになっており、子どもから大人まで幅広く演奏できるのが特徴です。三原の古き良き伝統を継承しながら、市民総参加のお祭りのさらなる振興を目的として開発されました。

やっさ花火フェスタ:最終日(日曜日)の20時頃から約1時間、糸崎埠頭から約5,000発の花火が打ち上げられます。以前は沼田川河口で行われていましたが、現在は会場が糸崎埠頭に変更され、2尺玉の打ち上げが目玉となっています。花火が打ち上がるたびに、見物客から大きな歓声が上がり、祭りのクライマックスを彩ります。

創作やっさ部門:伝統のやっさ踊りを現代風にアレンジしたチームが競い合う部門です。各チームが独自の振り付けや衣装を考案し、自由な発想で踊りを披露します。この部門では、若者を中心に新しいアイデアが次々と生まれ、祭りに新鮮な風を吹き込んでいます。

正調やっさ部門:伝統的なやっさ踊りの様式を守って踊る部門です。正調のリズムや所作を正確に再現することが求められ、長年踊りを継承してきた地元の団体が多く参加します。この部門の存在が、やっさ踊りの伝統を次世代に伝える重要な役割を果たしています。

総踊りと大賞発表:最終日の総踊りでは、すべての参加チームが一堂に会し、会場全体が一体となって踊りを楽しみます。総踊りの最後には、正調やっさ部門と創作やっさ部門の大賞が発表され、祭りは最高潮に達します。大賞を受賞したチームは、その年のやっさ祭りの顔として大きな注目を集めます。

開催情報・アクセス

  1. 開催日時:毎年8月の第2日曜日を含む金曜日・土曜日・日曜日の3日間。第50回記念祭は令和7年(2025年)8月8日(金)から10日(日)まで開催されました。最新の開催日程や実施可否は必ず三原市公式サイトまたはやっさ祭り公式サイトで確認してください。
  2. 主な会場:JR三原駅南口周辺の市街地(やっさ踊り)、糸崎埠頭(やっさ花火フェスタ)。所在地は広島県三原市城町1丁目1番地(JR三原駅前)。
  3. アクセス:JR山陽本線・三原駅から徒歩1分。山陽自動車道・三原久井インターチェンジから車で約20分。広島空港からはリムジンバスで約40分。
  4. 問い合わせ先:三原やっさ祭り実行委員会事務局。電話番号は0848-62-6155(平日8時30分~17時00分、土日祝日除く)。最新の連絡先は三原市ホームページで確認してください。
  5. 来場者数:例年約30万人から40万人の観光客が訪れます。第50回記念祭では例年並みの人出が見込まれていましたが、実際の数値は公式発表をご確認ください。
  6. 注意事項:期間中は正午以降に各会場でイベントが行われます。金曜日と土曜日は17時頃からやっさ踊りが開始されます。交通規制が行われるため、公共交通機関の利用が推奨されています。また、天候により花火の打ち上げが中止・延期となる場合があります。

周辺情報

三原市は、瀬戸内海に面した歴史と自然豊かな街です。三原やっさ祭りの起源となった三原城の城跡は、JR三原駅のすぐ近くにあり、駅構内からも石垣の一部を見ることができます。小早川隆景が築いた海城の遺構は、国の史跡に指定されており、祭りを訪れた際に立ち寄るのに最適なスポットです。周辺には、三原市立中央図書館や三原市歴史民俗資料館もあり、地域の歴史をより深く学ぶことができます。

三原市は、広島県の東部に位置し、瀬戸内海の島々を望む風光明媚な地域です。市内には、筆影山や竜王山などのハイキングコースがあり、自然を楽しむこともできます。また、三原港からは、瀬戸内海の島々へ向かうフェリーが発着しており、しまなみ海道の玄関口としても知られています。祭りの合間に、周辺の島々を訪れるのも良いでしょう。

三原市は、海の幸にも恵まれており、特にたこ飯や牡蠣料理が名物です。三原駅前には飲食店が多く立ち並び、祭りの期間中は屋台も多数出店します。また、隣接する尾道市や福山市にも電車で30分程度でアクセスでき、広島市内へも新幹線で約30分と、広域観光の拠点としても便利です。やっさ祭りを機に、広島県東部の観光を楽しむことをおすすめします。

関連情報

  1. やっさ踊りは、昭和45年(1970年)の日本万国博覧会(大阪万博)に出演し、全国的にその名を知られるようになりました。また、米国建国二百年祭(1976年)にも招待され、海外でも披露されました。
  2. やっさ踊りのCDやDVDが複数リリースされており、三原市の観光案内所やオンラインで購入可能です。これらのメディアを通じて、自宅でやっさ踊りを練習することもできます。
  3. やっさ踊りは、周辺市町村にも広がりを見せており、広島県内の他の地域で開催されるイベントでも披露されることがあります。広島県の代表的民謡踊りの一つとして認知されています。
  4. やっさ太鼓のオリジナル曲「やっさ太鼓」は、楽譜と演奏手順が公開されており、学校や地域コミュニティで演奏する団体が増えています。子どもから大人まで幅広く参加できる点が評価されています。
  5. 三原やっさ祭り実行委員会は、毎年ボランティアスタッフを募集しています。踊り手としての参加だけでなく、運営スタッフや通訳ボランティアなど、多様な形で祭りを支えることができます。
  6. 新型コロナウイルス感染症の影響により、2020年の三原やっさ祭りは中止となりました(毎日新聞の報道による)。2021年以降は規模を縮小しながらも開催が再開され、現在は通常規模での開催に戻っています。最新の情報は必ず公式サイトで確認してください。

出典・関連リンク

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