概要

栃木県那須烏山市で毎年7月下旬に開催される「山あげ祭」は、国の重要無形民俗文化財「烏山の山あげ行事」として指定され、ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の構成要素にもなっている大規模な野外祭礼である。この祭りの最大の特徴は、道路幅いっぱいに奥行き約100メートルにも及ぶ舞台を仮設し、その前面で常磐津節に合わせた所作狂言(歌舞伎舞踊)を上演する点にある。舞台装置はすべて人力で組み立て・分解され、移動のたびに約150人の若衆が一糸乱れぬ団体行動で作業を完了させる。

祭りは八雲神社の神輿渡御と、6町の輪番で行われる山あげ行事の二本柱で構成されている。市中心部の通り全体を舞台として、特産の烏山和紙を用いた高さ約10メートルの「はりか山」(背景画)が人力で立ち上げられる光景は圧巻である。通常の祭礼のように固定された山車を引き回すのではなく、上演場所ごとにすべてを組み立て直すこの方式は、全国でも類例を見ない独自の形態を持つ。

歴史・由来

山あげ祭の起源は、永禄3年(1560年)にさかのぼる。当時の烏山城主・那須資胤が、地域に蔓延した疫病を防除するため、牛頭天王(素盞嗚命)を城下に勧請したことが始まりとされる。那須資胤は那須余一の子孫にあたり、天下泰平、五穀豊穣、厄除開運を祈願して神社を建立した。このことが国の文化財データベースに公式に記録されている。

当初の祭礼奉納余興は、相撲や神楽獅子などの神事芸能が中心であった。しかし江戸時代に入ると、江戸歌舞伎が隆盛し、常磐津節を用いた所作が流行したことをきっかけに、奉納余興として常磐津所作が取り入れられるようになった。寛文年間(1661~1672年)には踊りの上演が始まり、元禄年間(1688~1703年)には狂言が加わり、享保から宝暦年間(1716~1763年)にかけて歌舞伎舞踊が本格化した。

江戸時代末期頃には、「山」と呼ばれる大型の舞台背景装置を用いた現在の野外歌舞伎の形態が完成した。この「山」は、網代状に竹を組んだ木枠に烏山特産の和紙を幾重にも貼り、その上に山水画を描いた「はりか山」のことである。この「山」を人力であげる(立てる)ことから、「山あげ」の名称が生まれた。今日では「ヤマ」を芸能の舞台の一部とみなす傾向にあるが、古くは神が降臨する場と考えられていた。

昭和54年から55年(1979~1980年)にかけて、この一連の行事は「烏山の山あげ行事」として国の重要無形民俗文化財に指定された(資料により指定年の表記に差がある)。さらに平成28年(2016年)11月30日(日本時間12月1日未明)、ユネスコ政府間委員会において「烏山の山あげ行事」を含む33の祭礼行事が「山・鉾・屋台行事」としてユネスコ無形文化遺産に登録された。現在は市内6町内が輪番で担当し、毎年7月の第4土曜日を含む金曜・土曜・日曜の3日間にわたって開催されている。

見どころ

1. 大迫力の「山」人力起立 高さ約10メートル、幅も同程度に達する「はりか山」が、若衆たちの手で一気に立ち上げられる瞬間は最大の見どころである。この「はりか山」は烏山特産の和紙を幾重にも貼り重ねて作られ、背景には山水画が描かれている。竹と和紙だけの構造でありながら、人力だけで垂直に起こす技術と統率力には、見物客から自然と拍手が沸き起こる。

2. 一糸乱れぬ若衆の団体操作 上演の進行に伴い、舞台上の背景が次々と変化する。木頭(指揮者)の打つ拍子木の合図で、約150人の若衆が瞬時に「御拝」「舞台」「座敷」「波松」「館」「前山」「中山」「大山」などの装置を配置換えする。この作業は数分間で完了し、その規律正しさは若衆たちの誇りとなっている。観客は、演劇そのものだけでなく、舞台装置を動かす人間の動きそのものを楽しむことができる。

3. 常磐津節に乗せた所作狂言 上演される演目は「三番叟」「将門」「戻橋」「紅葉狩」「宗清」「忠信」「関の扉」などが伝承されている。これらの演目は常磐津節の三味線と唄に合わせて、地元の踊り子たちが路上に立てられた「山」の前面で踊る。演目は各町の若衆によって引き継がれ、町ごとに異なる特色がある。

4. 移動式野外劇のダイナミズム 一つの場所で上演が終わると、すべての舞台装置は即座に分解・片付けられ、次の上演場所まで移動する。この移動から再設置、上演完了までの一連の流れが、まさに「日本一の移動式野外劇」と呼ぶにふさわしい。観客は、設置作業から上演、撤収までを含めた全体を鑑賞できる。

5. 神輿渡御とブンヌキ 祭りの期間中、八雲神社の神輿が町内を巡行する。特に最終日の還御祭では、神輿が鳥居をくぐる前に若衆たちによる激しい「もみ合い」が行われ、何度も鳥居前に戻る駆け引きが繰り広げられる。また、屋台同士が向き合い、囃子の速さや音量を競う「ブンヌキ」は、市民の熱気が最高潮に達する瞬間である。

6. 各町の個性ある演目と装置 市内の旧6町(現在の町内)は輪番で当番町を務め、それぞれ独自の演目と舞台装置の仕掛けを持つ。そのため、何度訪れても異なる演目と演出を楽しめる。上演前後には各町の会所で関係者が集まり、伝統の継承と次年度への申し送りが行われる。

開催情報・アクセス

  • 開催日時:毎年7月の第4土曜日を含む金曜・土曜・日曜の3日間。2026年は7月24日(金)から26日(日)に開催予定。
  • メイン会場:那須烏山市中心部(旧烏山市街地)。主な会場は仲町交差点付近や各町内の通り。
  • 交通アクセス:JR烏山線「烏山駅」下車、徒歩約10分で会場に到着。東京方面からはJR宇都宮線で宇都宮駅まで約50分、同駅から烏山線に乗り換え約60分。
  • 駐車場:祭り期間中は周辺道路が交通規制されるため、那須烏山市役所や臨時駐車場が用意される。公共交通機関の利用が推奨される。
  • 問い合わせ先:那須烏山市商工観光課(電話:0287-83-1115)。事前に最新のスケジュールを確認すること。
  • 注意事項:雨天決行だが、荒天時は中止・短縮の可能性がある。最新の開催可否は那須烏山市公式ホームページで確認する必要がある。また、見物時は熱中症対策を徹底することが求められる。

周辺情報

山あげ祭を観覧する前後に、那須烏山市内や周辺地域の観光スポットを訪れることを推奨する。市の中心部には、山あげ祭の歴史や仕組みを学べる「山あげ会館」がある。同館では、実際に使用された「はりか山」の展示や、映像による解説を常設しており、祭りの知識を深めてから本番に臨むことができる。開館時間は午前9時から午後4時まで(火曜日休館)、入館料は一般個人300円(団体250円)、小中学生100円である。

市内を流れる那珂川沿いには、桜並木や遊歩道が整備され、水辺の景観を楽しめる。那須烏山市は林業が盛んな地域であり、烏山和紙の生産も続けられている。山あげ祭で使用される「はりか山」も、この地域の竹と和紙によって作られていることから、祭りと地域産業の関わりを知ることができる。

また、那須方面へのアクセスも良好で、祭りの前後に那須高原の温泉や那須どうぶつ王国、那須ハイランドパークなどの観光施設を組み合わせることも可能である。予算編成の都合上、手配動向等の変更があり、最新情報は各施設の公式サイトで確認する必要がある。宇都宮市までは車で約1時間、鉄道で約1時間半であり、餃子など宇都宮のグルメと組み合わせた旅行プランも考えられる。

関連情報

  1. 文化財指定:「烏山の山あげ行事」は昭和54年から55年(1979~1980年)にかけて国の重要無形民俗文化財に指定された(資料により指定年の表記に差がある)。国指定文化財等データベースで詳細が確認できる。
  2. ユネスコ無形文化遺産:平成28年(2016年)12月に「山・鉾・屋台行事」の一つとしてユネスコ無形文化遺産に登録された。登録名は「山・鉾・屋台行事」で、33の祭礼行事が含まれる。
  3. 関連施設:山あげ会館(那須烏山市金井2丁目5番26号)で常設展示とガイダンスを提供。開館時間は午前9時~午後4時、火曜日休館、入館料は一般個人300円(団体250円)、小中学生100円。
  4. 主催・運営:那須烏山市、那須烏山市観光協会、山あげ祭実行委員会が主催。八雲神社の氏子組織(八雲講)と6町の若衆組織が運営を支える。
  5. 他地域との関連:同様の山行事は全国に存在するが、烏山のように路上に100メートルの奥行きを持つ舞台を毎回組み立て直す形式は極めて珍しく、類似例は他にほとんどない。
  6. 記録と継承:若衆組織による後継者育成が課題となっており、ふるさと納税型クラウドファンディングを通じた資金調達や、地域内外へのPR活動が行われている。RADIO BERRYによる特別番組の放送など、メディアを通じた普及も推進されている。

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出典・関連リンク

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