概要
土崎神明社祭の曳山行事は、秋田市土崎港地区に伝わる由緒ある祭礼で、毎年7月20日と21日の2日間にわたって開催されます。この行事は土崎神明社の例祭として、各町内が奉納する曳山(ひきやま)が町中を練り歩くもので、1997年(平成9年)12月15日に国の重要無形民俗文化財に指定されました。さらに2016年(平成28年)11月30日、エチオピア・アディスアベバで開催されたユネスコ無形文化遺産保護条約第11回政府間委員会において、「山・鉾・屋台行事」の一部としてユネスコ無形文化遺産に登録されています。
曳山は毎年作り替えられ、奉納される台数は年によって異なりますが、近年はおおむね20数台が運行されています。特に2023年(令和5年)には戦後最多となる26町内が曳山を奉納し、これは2013年以来10年ぶりの過去最多となりました。曳山は「秋田三大囃子」に数えられる「港ばやし」にのって運行され、勇壮な武者人形や風刺を込めた「見返し」が見物客を魅了します。
歴史・由来
土崎神明社祭の曳山行事の起源を明確に示す文献は限られていますが、寛政元年(1789年)に津村淙庵が著した「雪のふる道」には、当時の曳山行事の様子が記されています。同書には「鉦や鼓、笛、三味線の調子にあわせ、四十もの山車が曳かれていて非常ににぎやかであった」とあり、この頃より前に現在のような曳山行事が成立していたと考えられます。また、文化元年(1804年)の人見蕉雨「秋田紀麗」や、明治前後について記した近藤源八の「羽陰温故誌」にも関連する記述が残されています。
江戸時代から明治時代にかけて、曳山の高さは町内間で激しく競われるようになりました。明治11年(1878年)に土崎を訪れたイギリス人旅行家イザベラ・バードは、著書「日本奥地紀行」で曳山の高さを「50フィート近く」と記録しています。明治に入ると七丈(約21メートル)を超える曳山も登場し、倒れないように横の小路から綱を張って支える必要がありました。しかし、明治33年(1900年)頃から電線が引かれるようになり、運行上の制限から現在のような高さ(4.7メートル以内)に抑えられることになりました。
例祭日は明治時代に入り、新暦の7月20日・21日と定められました。それ以前は旧暦の6月15日に行われていたとされ、時代とともに日程が変化してきたことがわかります。2021年(令和3年)には新型コロナウイルスの感染拡大により曳山行事が2年連続で中止となりましたが、神事および神輿の巡幸は実施されました。2022年(令和4年)には感染対策のガイドラインを策定した上で3年ぶりに開催され、2023年には五類移行に伴い通常通りの開催が実現しました。
曳山行事の囃子である「港ばやし」は、佐竹氏の城下町であった茨城県常陸太田市に伝わる「天神囃子」と類似点があるとされ、移封に伴って伝えられた可能性が指摘されています。ただし、その生まれた経緯は明らかではなく、もともと土崎にあった囃子と結びついて現在の形になったと考えられています。
見どころ
剛と柔の二面性を持つ曳山構造 曳山は正面(剛)と背面(柔)の二面構造を持ち、正面には男岩と女岩の一対の夫婦岩が設置されます。夫婦岩の前には戦場の情景が作り込まれ、歴史上の人物を模した迫力満点の武者人形が飾り付けられます。この構造は、神聖さと芸術性を同時に表現する曳山芸能の核心であり、見物客を圧倒する壮観な景観を創り出しています。
見返しと風刺人形 背面にはお囃子方が乗る櫓が設けられ、その上部にはおどけた人形とともに、政治・経済・社会・文化を大胆に風刺した「見返し」が掲げられます。見返しの文は七五調で書かれ、祭りに先立って「見返しコンクール」が行われ、最優秀1町内、優秀2町内には受賞札が与えられます。この風刺文化は毎年新鮮な話題を提供し、見返しを目当てに訪れるリピーターも少なくありません。
音頭上げと振り棒の技 曳山は音頭取りと曳子の声の掛け合いによる「音頭上げ」で動き出します。音頭取りが拍子木を鳴らし、曳子が「下声」で応えることで、巨大な曳山が一斉に動き始める光景は圧巻です。振り棒は4つの輪に1人ずつ、計4人一組で担当され、ハンドルもブレーキもない曳山を熟練の技で安全に操作します。音頭取りには進行管理だけでなく、安全運行のための判断力も求められる、まさに職人芸です。
港ばやしの5曲 港ばやしは「寄せ太鼓」「湊ばやし」「あいや節」「湊剣ばやし」「加相ばやし」の5曲で構成され、それぞれ演奏される場面やテンポが異なります。例えば、「あいや節」は戻り曳山で演奏され、哀調を帯びた旋律が夜の闇に響き渡ります。これらの曲は「花輪ばやし」「飾山囃子」とともに「秋田県三大囃子」の一つに数えられ、土崎港ばやし保存会(港和会、娯笑会、しぶき会、若波会)および旭鳳会によって保存・伝承されています。
戻り曳山の幻想的な景観 夜8時の「のろし」を合図に、号車番号が大きい曳山から順次町内への帰途に就く「戻り曳山」は、この祭りの最大の見どころです。進行方向が変わり、前方の角灯篭が点灯され、その赤い光が夜闇に浮かび上がります。曳き方は御幸曳山のときにも増して激しく、曳子の掛け声も荒々しく、時には相当のスピードで曳山が走ることもあります。
踊りと演芸 曳山とともに披露される踊りは、演芸としての踊りと、子どもや多くの人が参加する輪踊りに分けられます。演芸としては「秋田音頭」が代表的で、各町内の女性陣が華やかな衣装で披露します。この踊りは見物客を楽しませるために古くから行われてきたとされ、現在も祭りの華の一つとして親しまれています。
開催情報・アクセス
開催日時:毎年7月20日(宵宮)と21日(本祭)。2026年は7月20日(月・祝)と21日(火)に開催予定。20日は午前8時頃から曳山が各町内を出発し、21日は曳山が各町内に到着するのが深夜0時過ぎとなる。
観覧料:無料。曳山の運行は公道で行われるため、沿道から自由に観覧できる。
会場:秋田市土崎地区。メインストリートは本町通り(国道7号線より1本東の南北に延びる道路)で、JR土崎駅から徒歩3分の土崎神明社を中心に運行される。
アクセス:JR奥羽本線土崎駅下車、西口から徒歩3分で土崎神明社。遠方から車で来場する場合は、道の駅あきた港駐車場、旧秋田港駅駐車場(フェリーターミナル向かい)、旧チャレンジオフィスあきた駐車場(土崎みなと歴史伝承館裏)が案内されており、無料シャトルバスが30分間隔で運行される。
交通規制:祭り両日は土崎地区で交通規制が敷かれ、深夜0時に解除される。規制区域内の路上駐車は不可。規制区域外を運行する戻り曳山には警察官(パトカー)が同行する場合がある。
最新情報の確認:中止・延期や詳細スケジュールは、土崎港曳山まつり公式HP(https://tutizaki-hikiyama.com/)または秋田市公式サイトで開催前に確認すること。悪天候や社会的状況により内容が変更される場合がある。問い合わせは土崎神明社(TEL 018-845-2264)へ。
周辺情報
土崎港曳山まつりの中心地であるJR土崎駅周辺には、祭りの歴史を深く知るための施設が点在しています。土崎神明社は曳山行事の舞台そのものであり、境内では曳山が参拝する「郷社参り」が行われます。2006年の道路拡張工事に伴う神社改修で鳥居がかさ上げされ、曳山が鳥居をくぐって境内に入ることが可能になりました。昼食休憩の時間帯に合わせて行われることが多いため、この時間帯に駅前を訪れると複数台の曳山を目にすることができます。
ポートタワーセリオン(道の駅あきた港)は、土崎駅から徒歩10分程度の距離にあり、祭り期間中は無料シャトルバスの発着点となります。セリオンからは港町ならではの景観を楽しめるほか、駐車場も整備されているため、車で訪れる観光客の拠点として最適です。また、土崎みなと歴史伝承館では曳山行事に関する資料や展示が行われており、祭りの背景を学ぶことができます。
祭りの時期には、地元の食文化も大きな魅力です。各家庭では魚の「えい」(軟骨魚で体が平たく尾は細長い)の乾物を煮込んだ料理が振る舞われ、この風習から祭りは「カスベ祭り」という異名でも呼ばれています。カスベ(ガンギエイ)の干物を戻し、醤油等で甘辛く煮付けるこの料理は、保存食の乏しい時期にあたる港町の知恵から生まれたものです。地域のスーパーマーケットでは祭りが近づくと大量の「干しかすべ」が販売され、各家庭の主婦の腕の見せ所となっています。
関連情報
ユネスコ無形文化遺産登録:2016年(平成28年)11月30日、「山・鉾・屋台行事」の構成要素として登録。日本各地の33件の山・鉾・屋台行事が一括登録された。
国の重要無形民俗文化財:1997年(平成9年)12月15日指定。指定名称は「土崎神明社祭の曳山行事」で、保護団体は土崎神明社奉賛会。
カスベ祭り・浴衣祭りの異名:カスベ(エイの干物)を食べる風習から「カスベ祭り」、昭和に入り町内ごとに浴衣を統一する習慣が広がったことから「浴衣祭り」とも呼ばれる。
ふれあい曳山:観光客が曳山を曳く体験ができる催しで、平成初期に暴対法で夜店が減少したことを受け、旭町二区町内会が夕方からの運行を始めたのが起源。現在は港振興会などが主催し、本町通りなどで参加無料で実施される。
港ばやしのCD:港和会の演奏による音楽CDが1997年に発売され、2023年現在も細川レコードより販売されている。
曳山の解体と神事:祭りが終わった翌22日には曳山が速やかに解体される。曳山は「神様が降臨し宿る所」とされ、怨霊や悪霊を封じ込めて解体することで町から災いを追い払うという信仰に基づく。この一連の流れ(製作→運行→解体)そのものが曳山行事の本質とされている。
全国山・鉾・屋台保存連合会総会:2010年(平成22年)9月12日、土崎大会が開催され、10台の曳山が奉納された。この際、電線撤去工事が完了した土崎神明社・土崎駅付近の道路で、高さ15メートルの「復元曳山」が披露された。
安全面の注意:曳山は重量が大きく、戻り曳山では曳子があざを作ることも珍しくない。1988年(昭和63年)には見物していた中学生が曳山と電柱の間に挟まれて死亡する事故が発生しており、見物客は安全な距離を保つことが求められる。
出典・関連リンク
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- 🌐 Wikipedia (English)
- 🔁 English version: Tsuchizaki Shinmei Shrine Festival