概要

掛川祭は、静岡県掛川市で毎年10月上旬に行われる秋の祭礼である。掛川城の城下町・掛川宿の伝統を色濃く受け継ぐ祭りで、掛川駅北側の市街地を中心に、華やかに装飾された二輪型の屋台が各町から繰り出して練り歩く。城下町ならではの風情と、夜の熱気に満ちた賑わいの両方を味わえる、東海地方を代表する城下町の祭りである。

掛川祭の大きな特徴は、三年に一度、干支の丑・辰・未・戌の年に規模を拡大して催される「掛川大祭」の存在である。大祭の年には市内各町の屋台に加え、三大余興と称される「仁藤町の大獅子」「瓦町のかんからまち」「西町の奴道中」が登場し、街は一年で最も熱気に包まれる。大祭以外の年は規模を縮小した小祭として毎年開催され、屋台の曳き回しや踊り、囃子が披露される。

歴史と由来

掛川祭の歴史は江戸時代中期にさかのぼる。掛川市に残る古文書によれば、延享3年(1746年)にはすでに祭りが行われていたことが分かっており、寛延3年(1750年)から宝暦年間(1751年〜1764年)にかけては、龍尾神社・神明宮・利神社の三社が合同で祭りを営んでいたとの記述が残る。城下町・掛川宿の公認された祭礼として、早くから地域に根づいていたことがうかがえる。

明治時代に入ると、いったんは三社それぞれが別々に祭りを行うようになった。しかし大正9年(1920年)に江戸時代以来の合同祭礼が復活し、以後は再び複数神社が力を合わせて祭りを支える形が受け継がれてきた。祭神の異なる複数の神社が合同で祭典を営むのは全国的にも珍しく、掛川祭の大きな特色となっている。

現在の掛川祭は、掛川城周辺に鎮座する七社、すなわち龍尾神社・神明宮・利神社・池辺神社・白山神社・津島神社・貴船神社による合同の祭りへと発展している。この七社の氏子である四十一の町が参加し、それぞれが屋台や芸能を持ち寄ることで、規模と多様性を兼ね備えた祭りが形づくられている。もともと三社の祭りであったものが、近代以降の市街地の整備や町の結びつきの中で七社合同へと広がっていった経緯は、掛川という城下町の歴史そのものを映している。

祭りに繰り出す屋台や芸能には、各地の文化が出会い融合した掛川ならではの個性がある。屋台の装飾は主に中京圏の影響を受け、囃子は江戸の天下祭に源を持つ東日本の系譜を引くとされる。戦前には「衣裳祭り」とも呼ばれ、華やかな衣装をまとった子どもたちが参加する伝統は今も息づいている。異なる文化の流れが一つの祭りに結晶している点こそ、掛川祭の奥深さである。

見どころ

仁藤町の大獅子 掛川大祭を象徴する余興が、仁藤町の大獅子である。重さおよそ220kgの巨大な獅子頭と全長約25mに及ぶ胴体(母衣)を、百数十人がかりで操って舞う姿は圧巻の一言に尽きる。竹法螺の音が大獅子の到来を告げ、「鉄火」の曲に乗って道いっぱいに躍動する。幕末に仁藤町の僧が伊勢国白子で見た大獅子頭の山車をもとに考案したと伝わる、他に類を見ない獅子舞である。

瓦町のかんからまち 瓦町から出る「かんからまち」は、静岡県指定無形民俗文化財に指定された伝統の獅子舞である。透き通る笛の音とリズムを刻む太鼓のなか、一人立ちの三頭の獅子が舞い、道行・三角舞・本舞・戻り三角舞の四部構成で演じられる。二頭の雄獅子が一頭の雌獅子をめぐって競い合う本舞は物語性に富み、龍尾神社の神輿渡御の露払いを務める格式ある芸能でもある。

西町の奴道中 西町に伝わる奴道中は、薩摩島津氏の大名行列を模して掛川宿当時の道中を再現するものである。白毛の印をつけた長柄槍を投げ渡す奴の演技が見どころで、参勤交代の行列の様子を今に伝える。開催期間中には奴道中のみで練り歩く場合と、総編成の大名行列として繰り出す場合とがあり、城下町・宿場町としての掛川の歴史を体感できる。

四十一町の二輪屋台 掛川祭では四十一の町がそれぞれ趣向を凝らした屋台を曳き回す。掛川の屋台は国内でも珍しい二輪型で、華やかな装飾と各町の誇りが込められている。掛川駅北側の「お祭り広場」では、市内各町の屋台や踊り・舞・囃子・余興がまとめて披露されるため、多彩な屋台を一度に楽しむことができる。

屋台すれ違いのしきたり 屋台同士がすれ違う際には、掛川祭特有のしきたりが行われる。先導役が掛け声を交わし、囃子を止めて屋台の位置を調整し、リズムを変えて再び進むという一連のやり取りは「外交」「手木合わせ」「徹花」と呼ばれる。道幅が狭かった時代の名残であり、交差点周辺で繰り広げられるこの作法は、時に和やかに時に緊迫した独特の雰囲気を生み出す。

昼と夜で異なる祭りの表情 掛川祭は、昼は城下町ならではの風情ある佇まいを見せ、夜は提灯の灯りに照らされた屋台が熱気とともに街を巡る。日中と夜とで趣を大きく変えるのも魅力の一つで、秋空にそびえる掛川城を背景に進む屋台の列は、東海の城下町らしい情緒を色濃くたたえている。

開催情報・アクセス

  • 開催地: 静岡県掛川市中心部(掛川駅北側の市街地)
  • 主な会場: 掛川駅北側の「お祭り広場」および市内各町
  • 開催時期: 毎年10月上旬(大祭は4日間、小祭は3日間)
  • 大祭の周期: 三年に一度、干支の丑・辰・未・戌の年に「掛川大祭」を開催(それ以外の年は小祭)
  • 参加: 掛川城周辺の七社の氏子四十一町・約40台の屋台
  • アクセス: JR掛川駅から徒歩圏内(会場は駅北側の中心街)

周辺の見どころ

祭りの舞台となる掛川の街の中心には、掛川城がそびえる。戦国武将・山内一豊が城主を務めたことで知られ、平成に日本初の本格木造復元天守として再建された天守閣は、掛川のシンボルである。天守からは城下町の町割りを一望でき、その町割りがそのまま祭りの舞台となっていることを実感できる。祭りとあわせて訪れれば、城下町の歴史と祭礼の結びつきをより深く味わえる。

掛川は東海道五十三次の宿場「掛川宿」として栄えた歴史を持ち、街道沿いには宿場町の面影が残る。市内には掛川城御殿(重要文化財)など歴史的な建造物も点在し、城下町・宿場町としての掛川の来歴をたどる散策が楽しめる。祭りの余興「奴道中」が再現する参勤交代の情景と重ねて歩けば、往時の掛川の賑わいが偲ばれる。

やや足を延ばせば、掛川市は茶の名産地としても知られ、深蒸し茶をはじめとする掛川茶を味わうことができる。また、花と緑のテーマパークや歴史ある寺社も点在しており、山内一豊ゆかりの地を巡る旅や、遠州の自然と食を楽しむ旅程を、掛川祭とあわせて組み立てることができる。

関連情報

  • 開催月: 10月(上旬)
  • 都道府県・地域: 静岡県(中部・遠州)
  • 起源: 延享3年(1746年)には既に開催、寛延3年(1750年)〜宝暦年間に龍尾・神明・利の三社が合同、大正9年(1920年)に合同祭礼が復活
  • 主催・構成: 掛川城周辺の七社(龍尾・神明・利・池辺・白山・津島・貴船)の合同祭礼・氏子四十一町が参加
  • 三大余興(大祭時): 仁藤町の大獅子・瓦町のかんからまち(静岡県指定無形民俗文化財)・西町の奴道中
  • 特色: 三年に一度(丑・辰・未・戌年)の大祭と毎年の小祭の二層構造、国内でも珍しい二輪型屋台

出典・関連リンク

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