概要
京都五山送り火は、毎年8月16日の夜に京都市内を取り囲む五つの山々で点火される、大規模な送り火の行事です。東山如意ヶ嶽の「大文字」、松ヶ崎西山・東山の「妙」「法」、西賀茂船山の「船形」、衣笠大北山の「左大文字」、嵯峨曼荼羅山の「鳥居形」の五つが、午後8時から順次点火され、深夜まで山肌に浮かび上がります。この行事はお盆の最終日に、迎え火によって現世に招いた祖霊(精霊)を再び浄土へ送り帰す仏教的な意味を持ち、京の夏の終焉を飾る風物詩として親しまれています。
五山送り火は、昭和58年(1983年)10月に「大文字送り火」「松ケ崎妙法送り火」「船形万燈籠送り火」「左大文字送り火」「鳥居形松明送り火」として、それぞれ京都市無形民俗文化財に登録されました。現在は各山麓の保存会が点火の儀式や薪の管理を担い、令和7年(2025年)12月1日には京都五山送り火連合会が一般財団法人として改組され、伝統の継承と運営の安定化が図られています。
歴史・由来
五山送り火の起源については、各山に異なる伝承が残るものの、同時代の確実な記録は乏しく、すべて後世の人々による推測や言い伝えに基づいています。文献に初めて登場するのは、公家舟橋秀賢の日記『慶長日件録』慶長8年(1603年)7月16日の条で、「晩に及び冷泉亭に行く、山々灯を焼く、見物に東河原に出でおわんぬ」という記述が見られます。この「山々灯を焼く」が鴨川河原から見える大文字などの送り火を指していたと考えられています。
寛文2年(1662年)に刊行された中川喜雲の『案内者』には、「妙・法」「船形」「大文字」の具体的な名称が登場し、この時点で既に現在の五山のうち三つが確立していたことが分かります。同書には「大文字は三藐院殿(近衛信尹)の筆画にてきり石をたてたり」と記され、当時から大文字の字形が近衛信尹(1565~1614年)の筆跡を基にしたという説が流布していたことが窺えます。ただし信尹と史料の著者である中川喜雲(1636年生まれ)の年代が近いことから、仮託された可能性も指摘されています。
大文字の起源には、大きく三つの説が伝わっています。平安時代初期に弘法大師空海が始めたとする説は、山麓の浄土寺が火災に遭った際に本尊阿弥陀仏が山上に飛来して光明を放った故事に由来するとされますが、近世に至るまで大文字に関する記録が一切ないため、『都名所図会』などに記される俗説とされています。室町時代中期に足利義政が創始者とする説は、義政が死去した実子・義尚の冥福を祈るため、家臣の芳賀掃部に設計させ、相国寺の僧横川景三が指導したと『山城名跡志』に記されています。近年、銀閣寺から大文字山が同寺領であったことを示す古文書や資料が発見され、地元では室町中期の足利義政説が最も妥当であるとされています。
松ヶ崎の妙法は、麓の涌泉寺の寺伝によれば、鎌倉末期の徳治元年(1306年)、日蓮の法孫である日像が松ヶ崎の村民を教化し法華宗に改宗させた際、西山に「妙」の字をかいて点火したのが始まりと伝えられています。東山の「法」の字は、涌泉寺の末寺である下鴨大妙寺の二祖日良が後日かいたものとされ、妙の字体が草書体であるのに対し法が隷書体であることから、二文字が同時に作られたものではないことが推察されます。船形万燈籠送り火は、西方寺の開祖である慈覚大師円仁にまつわる故事が起源とされ、唐からの帰路に暴風雨に遭った円仁が「南無阿弥陀仏」と書いた布切れを海中に投じると風雨が静まったという伝承に基づいています。
見どころ
大文字(東山如意ヶ嶽) 大文字は五山送り火の代表格であり、最も多くの人々に知られる送り火です。火床は75基あり、一画目の長さ80メートル、二画目160メートル、三画目120メートルという巨大な「大」の字が、標高466メートルの如意ヶ嶽に浮かび上がります。午後8時、市内のビルが一斉に照明を落とす中、金尾(かなわ)と呼ばれる中心部から一斉に点火され、夜空にくっきりと浮かぶ火の文字は、厳粛で荘厳な雰囲気を醸し出します。
妙法(松ヶ崎西山・東山) 松ヶ崎の西山に「妙」、東山に「法」の二文字が点されます。西山の「妙」は火床103基で縦横の最長約100メートル、東山の「法」は火床63基で縦横の最長約70メートルと、二文字で一組の意味を成しています。この二文字は「南無妙法蓮華経」の題目を表し、日蓮宗の信仰と深く結びついており、点火後には麓の涌泉寺で「題目踊」が催される宗教的要素の強い送り火です。
船形(西賀茂船山) 船形は西方浄土へ向かう精霊船をかたどった送り火で、横約200メートル、帆柱の高さ約90メートルの規模を持ちます。火床は79基あり、舳先が西を向いており、先祖の霊を浄土へ送り届けるという意味が込められています。点火後、麓の西方寺では六斎念仏が行われ、鉦や太鼓の音に合わせて念仏を唱えながら踊る民俗芸能が送り火の余韻を彩ります。
左大文字(衣笠大北山) 左大文字は大文字とよく似た形状ですが、筆順通りに火を付けるのが特徴です。火床は53基で、一画目48メートル、二画目68メートル、三画目59メートルと大文字よりやや小ぶりですが、金閣寺の背後に位置するため、鹿苑寺の庭園や西大路通から美しい景観を楽しめます。江戸時代前期の公家日記には「東山大文字」と対比する「西山大文字」として記録されており、大文字より遅れて成立したと推測されています。
鳥居形(嵯峨曼荼羅山) 鳥居形は他の四山と異なり、松明を一斉に走って各火床に突き立てる独特の点火方法を取ります。火床は108基で、鳥居の笠木に当たる部分は約70メートル、左右の脚は約80メートルと、京都市内で最も火床数の多い送り火です。この点火方法は親火から松明に火を移し、若い会員が「横の走り」、ベテランが「縦の走り」を担当する伝統的な役割分担が今も守られています。
点火の瞬間と静寂の街 五山の送り火が最も美しいのは、各山が順次点火される約1時間の時間差です。大文字が午後8時に点火されると、続いて妙法が午後8時5分、船形が午後8時10分、左大文字が午後8時15分、鳥居形が午後8時20分と、山々が次々と火に包まれていく様子は、まるで夜空に浮かぶ五つの灯台のように幻想的です。この間、京都市内は静寂と厳粛なムードに包まれ、鴨川の河畔などの鑑賞スポットには多くの人が集い、送り火の消えゆく様子を静かに見守ります。
開催情報・アクセス
- 開催日時:例年8月16日。点火時間は大文字が午後8時、妙法が午後8時5分、船形が午後8時10分、左大文字が午後8時15分、鳥居形が午後8時20分。各山の点火から消えゆくまで約30分間。
- 大文字の主な鑑賞スポット:鴨川(賀茂川)河岸の丸太町橋から御薗橋付近。京都御苑も鑑賞可能。河原町通や木屋町通の高層ビルやホテルの屋上からも見えるが、有料エリアが多い。
- 妙法の主な鑑賞スポット:北山通の地下鉄松ヶ崎駅付近。京都ノートルダム女子大学周辺からも良好な視界が得られる。
- 船形の主な鑑賞スポット:賀茂川の北山大橋から西賀茂橋付近。北山通の松ヶ崎駅より東側のエリアも推奨される。
- 左大文字の主な鑑賞スポット:西大路通の円町から金閣寺付近。金閣寺境内も鑑賞場所として知られる。
- 鳥居形の主な鑑賞スポット:渡月橋付近、松尾橋付近、広沢池周辺。市内中心部からはやや離れているため、嵐山方面への移動が必要。
- アクセスと交通規制:当日は各鑑賞スポット周辺で大規模な交通規制が実施され、自動車でのアクセスが困難になる。鴨川河岸へは京阪電車出町柳駅や地下鉄烏丸線丸太町駅から徒歩が便利。松ヶ崎方面へは地下鉄烏丸線松ヶ崎駅が最寄り。嵐山・鳥居形方面へは嵐電(京福電鉄)やJR嵯峨野線を利用する。最新の開催日程や交通規制情報は公式サイトで確認すること。
周辺情報
五山送り火の鑑賞と合わせて訪れたいのが、各山麓に位置する寺院や歴史的建造物です。大文字の麓には銀閣寺(東山慈照寺)があり、足利義政が創建したこの寺院は、東山文化の象徴として知られています。また、大文字保存会による護摩木の受付は銀閣寺山門前で行われ、8月14日から16日にかけて多くの参拝者で賑わいます。松ヶ崎妙法の麓には涌泉寺があり、送り火点火後には境内で「題目踊」が催され、太鼓の音に合わせて団扇を回しながら「南無妙法蓮華経」を唱える伝統的な踊りを見学できます。
鳥居形の麓には化野念仏寺があり、この寺院では送り火期間中に護摩木の受付が行われます。化野念仏寺は平安時代に建立された歴史ある寺院で、境内には無数の石仏が並ぶ「石仏の森」が有名です。また、嵐山エリアは渡月橋や竹林の小径、天龍寺など観光スポットが密集しており、送り火の前に嵯峨野の風情を楽しむことができます。船形の麓にある西方寺では、送り火当日に六斎念仏が行われ、鉦や太鼓の囃子に合わせて踊る民俗芸能が送り火の余韻をより深いものにします。
さらに、京都の夏の風物詩として、鴨川の「川床」や先斗町の「納涼床」で送り火を待つという贅沢な過ごし方も人気です。鴨川沿いの料理店や茶屋では、川床に座って大文字を正面に眺めながら、京料理を味わうことができます。ただし、川床の予約は非常に競争率が高く、早めの手配が必要です。また、送り火の消炭は疫病除けや魔除けになるとの言い伝えがあり、各山の麓で護摩木を申し込んだ人は、その消炭を持ち帰ることができる場合もあります。
関連情報
- 五山送り火は江戸時代後期には現在の五つ以外にも「い」(市原野)、「一」(鳴滝)、「竹の先に鈴」(西山)、「蛇」(北嵯峨)、「長刀」(観空寺)などが点火されていたが、早い段階で廃絶している。
- 送り火の消炭を水に浸して飲むと中風(脳卒中)にならないという言い伝えがあり、実際に各保存会で護摩木を申し込んだ参拝者が消炭を持ち帰る習慣がある。
- 明治23年(1890年)4月8日には琵琶湖疏水竣工祝賀の夜会に合わせて大文字山に点火され、明治24年(1891年)5月9日にはロシア皇太子の入洛を記念して全山が点火された。
- 京都五山送り火に倣って、神奈川県箱根町強羅では「大文字焼祭り」が8月16日に行われ、高知県中村市間崎でも「大文字送り火」が実施されている。
- 五山送り火は昭和58年(1983年)6月1日に京都市登録無形民俗文化財として指定され、現在は各保存会が伝統の維持と継承に努めている。
- 送り火の点火方法は山によって異なり、大文字は井桁に組んだ薪に一斉点火するのに対し、鳥居形は松明を走って各火床に突き立てる方式を採用している。
出典・関連リンク
- 📚 出典: Wikipedia, Wikidata (CC BY-SA 4.0)
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