概要

因幡の傘踊りは、鳥取県鳥取市の横枕や国府町一帯に伝わる民俗芸能で、百個を超える小鈴をつけて美しく彩った長柄の傘を、唄に合わせて回転させながら勇壮に振り回す踊りです。揃いの浴衣に手甲・脚絆、白鉢巻に白たすきという凛々しいいでたちの踊り手が、傘を大きく開いて気合とともに斬り込むように舞う姿は動きが激しく華やかで、全国でも類を見ない独自の伝統芸能として知られています。

もともとは雨乞いや盆供養のために踊られた素朴な農村の踊りでしたが、明治期に剣舞の型が取り入れられたことで、現在の勇壮活発な長柄傘の踊りへと発展しました。昭和49年(1974年)には鳥取県無形民俗文化財に指定され、いまも保存会によって受け継がれています。夏に鳥取市街を彩る鳥取しゃんしゃん祭の傘踊りも、この因幡の傘踊りを母体として生まれたものです。

歴史と由来

因幡の傘踊りには大きく二つの系統が伝えられています。ひとつは鳥取市横枕に伝わるもので、天明6年(1786年)の飢饉の際に雨乞い祈願のため神楽歌に合わせて踊り、神に奉納したのが原形とされています。田植えを終えた旧暦8月1日の八朔に神社の境内で踊られた素朴なもので、のちには数人で組んで技を競う農村青年の娯楽へと変化していきました。周辺の集落に伝わる傘踊りの多くは、この横枕から伝授されたものといわれています。

もうひとつは国府町に伝わる系統で、江戸時代末期の大旱魃にまつわる伝説を起源とします。因幡地方が前代未聞の旱魃に見舞われ田畑が干割れたとき、五郎作という老農夫が三日三晩にわたって冠笠を振り回して踊り、雨乞いの祈願を続けました。その願いが天に通じたのか、三日目の夜に大雨が降りそそぎ、大飢饉を免れたと伝えられています。しかし老翁は踊りの過労がもとで数日後に世を去り、村民はその霊を慰めるため、その年の盂蘭盆から老若男女を問わず冠笠を手に踊り続けました。これが国府町における傘踊りの起こりとされています。

素朴な冠笠の踊りが現在の長柄傘の勇壮な踊りへと生まれ変わったのは、明治期の山本徳次郎の功績によります。明治29年頃、日清戦争後に若者たちの間で賭博が流行していたことを憂えた国府町高岡の山本徳次郎は、健全な娯楽を作ろうと思案するうち、神主の持つ雨傘に着想を得ました。それまでの冠笠を長い柄の傘に代え、自らたしなむ剣舞の型を取り入れて振り付けたところ、青年たちが夢中になる勇壮な踊りが完成したのです。この踊りは地区の青年たちに受け継がれて「因幡の傘踊り」と呼ばれるようになり、国府町は「因幡の傘踊り発祥の地」とされています。創始者の山本徳次郎は国府町名誉町民となり、その遺業を伝えるため記念碑が建立されています。

昭和49年10月18日、因幡の傘踊りは鳥取県無形民俗文化財に指定され、横枕傘踊保存会と因幡の傘踊保存会がその継承を担うことになりました。長い歴史のなかで盛衰を重ねながらも、雨乞いと盆供養という素朴な祈りに始まった踊りが、地域の誇る伝統芸能として今日まで守り継がれています。

見どころ

百個の小鈴が響く長柄の傘 因幡の傘踊り最大の特徴は、百個以上の小鈴をつけ鮮やかに彩った長柄の傘です。踊り手が傘を勢いよく回転させ振り回すたびに、無数の鈴が一斉に鳴り響き、視覚と聴覚の両方に訴える華やかな舞台をつくり出します。傘そのものが楽器のように鳴るこの演出が、他の民俗芸能にはない独自の魅力となっています。

剣舞をアレンジした勇壮な型 現在の踊りは剣舞をアレンジしたもので、長柄の傘を開いて気合とともに斬り込みながら踊るのが基本の型です。動きが激しく力強いため、若者たちの健全な娯楽として生み出された経緯そのままに、青年の躍動感がみなぎる勇壮な踊りとなっています。

鶴と亀で表す高低の妙 踊り手は6人、8人、10人といった偶数の複数で構成され、鶴と亀の姿態を取り入れて高低差の変化をつけます。鶴は高い姿勢、亀は低い姿勢を表し、群舞のなかで上下のリズムが生まれることで、単調にならない立体的な見応えが生まれます。

傘で文字を書く群舞の工夫 複数の踊り手が傘の振りを統一しリズムを合わせるため、「おどれおどれ、みなおどれ」というひらがなの文を傘で文字を書くように振る工夫が凝らされています。ばらばらに見えて実は緻密に計算された群舞であり、揃った動きの美しさが観客を引き込みます。

凛々しい揃いの装束 揃いの浴衣に手甲・脚絆、白鉢巻に白たすきという踊り手の装束は、勇壮な踊りをいっそう引き立てます。統一された凛々しいいでたちで大勢が舞う姿は、農村青年の踊りとして発展してきた歴史を感じさせる清々しさに満ちています。

保存会による地域での公開 横枕では毎年8月14日に、国府町では各地区の納涼祭で傘踊りが公開されます。盆の時期に地域で受け継がれる踊りとして、住民に親しまれながら次の世代へと伝えられており、地元で本来の姿に触れられる貴重な機会となっています。

開催情報・アクセス

  • 開催地:鳥取県鳥取市(横枕、国府町高岡・美歎・麻生ほか)
  • 開催時期:横枕=8月14日/国府町=各地区の納涼祭
  • 文化財:鳥取県無形民俗文化財(昭和49年=1974年10月18日指定)
  • 保護団体:横枕傘踊保存会、因幡の傘踊保存会
  • アクセス(横枕):JR鳥取駅から日ノ丸バス神戸・横枕線で約20分、横枕下車
  • アクセス(国府町):JR鳥取駅から日ノ丸バス中河原線で約30〜35分、麻生または高岡下車

周辺の見どころ

鳥取市国府町は因幡国の中心として栄えた歴史ある地で、周辺には万葉集ゆかりの史跡が点在しています。因幡万葉歴史館では、奈良時代に因幡国司を務めた大伴家持と因幡地方のかかわりや、因幡の傘踊りに関する資料も紹介されており、傘踊りの歴史をより深く知ることができます。

鳥取市街に足を延ばせば、日本最大級の砂丘である鳥取砂丘が広がり、日本海に面した雄大な景観を楽しめます。砂丘に隣接する砂の美術館では砂像の企画展示が行われ、鳥取観光の目玉として多くの人を集めています。

夏に鳥取市街で開かれる鳥取しゃんしゃん祭では、因幡の傘踊りを母体に生まれた「しゃんしゃん傘踊り」を数千人が一斉に踊り、傘に鈴を鳴らす華やかな光景が繰り広げられます。因幡の傘踊りの伝統がどのように現代の大規模な祭りへと受け継がれたのかを実感できる催しです。

関連情報

  • 開催月:8月
  • 都道府県・地域:鳥取県(中国地方)
  • 起源:天明6年(1786年)の雨乞い奉納、および江戸末期の大旱魃の雨乞い伝説
  • 現行の型の創始:明治期に山本徳次郎が剣舞を取り入れて確立(国府町=発祥の地)
  • 文化財指定:鳥取県無形民俗文化財(昭和49年=1974年10月18日指定)
  • 関連行事:鳥取しゃんしゃん祭のしゃんしゃん傘踊りの母体

出典・関連リンク

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