概要
新潟県十日町市松之山温泉で毎年1月15日に開催される「婿投げ・墨塗り」は、小正月の奇祭として知られる伝統行事である。「婿投げ」では前年に結婚した初婿を約5メートルの高さから雪の斜面へ投げ落とし、「墨塗り」では賽の神の焚き火の灰と雪を混ぜて互いの顔に塗り合うという二つの儀礼から構成される。「婿投げ」「墨塗り」はいずれも平成3年(1991年)2月1日に十日町市指定無形民俗文化財(風俗慣習)に指定されており、地域住民によって300年以上にわたり継承されてきた。
この行事は、豪雪地帯である松之山地域の厳しい冬季において地域の結束を強める役割を果たしてきた。会場となる松之山温泉薬師堂周辺には毎年多くの見物客が訪れ、近年では外国人観光客の来訪も顕著になっている。2026年1月15日には3組の新婚夫婦が参加し、豪快な婿投げと墨塗りが執り行われた。
歴史・由来
婿投げの起源は、約300年前の江戸時代中期に遡るとされる。一説によれば、地元の女性が他所の男性を婿に迎えたことに対する集落の「腹いせ」として、婿を雪の上に放り投げたのが始まりと伝えられている。この行為は、村の娘を奪われたことへの報復と通過儀礼が融合し、年行事として定着したと考えられている。
婿投げの本来の開催地は松之山天水越地区であり、かつては観音様の祭りに当たる1月17日の早朝に行われていた。しかし戦後、出稼ぎなどにより担い手が集落から減少し、行事は一時途絶えることとなった。その後、温泉街のある湯本集落がこの行事を継承する形で復活させ、現在の形になったのである。湯本での継承後は、地域に根を下ろす若者の通過儀礼としての性格も帯びるようになった。
一方、墨塗りの起源は婿投げよりも古く、一説では約600年前に遡るとされる。この行事は賽の神(どんど焼き)から派生したものであり、門松やしめ飾り、書初めなどを燃やした後の灰を用いる点にその起源が見られる。松之山温泉に根付いた理由としては、温泉で後から墨を落とせる利便性が挙げられている。天水越集落から復活した婿投げと、湯本集落に伝わる墨塗りが組み合わさり、現在の「婿投げ・墨塗り」という一連の行事となった。
開催日は1月15日に固定されており、平成12年(2000年)に同日が休日から平日に変更された際も日程を変更しなかった。これは、小正月に嫁が実家へ帰省したところで初婿を投げるという行事の由来に沿った日付であり、平日であっても地元の祭りとして守ることを重視したためである。1981年の豊原トンネル開通や1983年の松之山温泉スキー場完成を契機に来訪者が増加し、近年は外国人観光客の来訪も目立つようになった。
見どころ
婿投げ(むこなげ):前年に結婚した初婿が、約5メートルの高さがある薬師堂境内から雪の斜面へ豪快に投げ落とされる。この行為は元来、新郎に対する通過儀礼と地域への歓迎を兼ねたものであり、投げられた新郎は雪の斜面を転がりながら妻のもとへ向かう。投げられる瞬間の迫力と、その後笑顔で妻の元へ向かう新郎の姿は、見物客から大きな拍手と歓声を浴びる。
墨塗り(すみぬり):賽の神の焚き火で燃やした後の灰に雪を混ぜて作った「墨」を、互いの顔に「おめでとう」と声をかけ合いながら塗り合う。墨を塗ることで前年の厄を落とし、新年の無病息災と家業繁栄を祈願する意味が込められている。参加者全員が真っ黒な顔になって祝福し合う様子は、一種異様でありながらも温かみのある光景である。
賽の神(どんど焼き):墨塗りの前段階として、門松やしめ飾り、書初めなどを持ち寄って焚き上げる。この焚き火の灰を利用して墨を作ることから、墨塗りは賽の神から派生した行事であることがわかる。高く上がる炎と煙は、冬の松之山温泉街に古来からの風情を漂わせる。
新婚夫婦の参加:近年は公募で夫婦の参加を受け付けており、2025年1月15日には東京都と神奈川県からの2組を含む複数の夫婦が参加した。全国各地から応募があることから、この奇祭への関心の高さがうかがえる。参加した夫婦は、投げられる緊張感と投げられた後の解放感、そして墨塗りでの祝福を一身に受ける。
見物客の参加機会:墨塗りは誰でも自由に参加することができ、見物客も積極的に墨を塗り合うことができる。希望すれば、事前に連絡することで自ら婿投げの対象となる交渉も可能であるという。観光客が地元の人々と一体となって祝うことができる、開放的な雰囲気がこの祭りの魅力である。
温泉との一体性:墨塗りで顔や衣服が汚れても、すぐに温泉で洗い流すことができる環境がこの行事を支えている。松之山温泉の各旅館や日帰り入浴施設が利用可能であり、墨を落とした後は芯まで温まることができる。墨塗りの後に温泉で体を温めるという一連の流れが、この地域ならではの体験価値を高めている。
開催情報・アクセス
- 開催日:毎年1月15日(2026年は1月15日(木)に開催、雨天決行だが荒天時は変更の可能性あり)
- 開催時間:婿投げは午後2時頃、墨塗りは午後3時頃から
- 会場:新潟県十日町市松之山湯本(松之山温泉薬師堂)
- 交通アクセス(電車):北越急行ほくほく線「まつだい駅」下車、路線バスで約25分、またはタクシーで約20分
- 交通アクセス(車):関越自動車道塩沢石打ICから約40分
- 駐車場:あり(台数に限りがあるため注意)
- 問い合わせ先:松代・松之山温泉観光案内所(電話:025-597-3442、メール:infotkm@tokamachishikankou.jp)
- 注意事項:墨塗りで衣服が汚れる可能性があるため、首にタオルを巻くなど汚れ対策を推奨。歩道が滑りやすいため、適切な靴を着用のこと。写真撮影のための場所取りは禁止
周辺情報
松之山温泉は、新潟県十日町市の山間部に位置する歴史ある温泉地であり、「婿投げ・墨塗り」の会場となる薬師堂は温泉街の奥に所在する。温泉街には複数の旅館や日帰り入浴施設が立ち並び、特に墨塗りで顔を真っ黒にした参加者たちが湯船で墨を落とす光景は、祭りの日の風物詩となっている。温泉の泉質はナトリウム・カルシウム塩化物泉で、冷え性や疲労回復に効果があるとされる。
周辺には松之山温泉スキー場があり、1983年の完成以来、冬季の観光客誘致に貢献してきた。祭りの前後にスキーやスノーボードを楽しむ来訪者も多く、冬の松之山エリア全体が観光シーズンを迎える。また、「まつだい駅」周辺には「越後妻有里山現代美術館キナーレ」など、大地の芸術祭関連の施設も点在しており、アート鑑賞と組み合わせた旅程も可能である。
十日町市は日本有数の豪雪地帯であり、冬季には積雪が数メートルに達することもある。この厳しい自然環境が、地域住民の結束を強め、婿投げのような独特の行事を育んできた背景の一つと言える。祭り見学の際は、防寒着や雪道用の靴、また墨塗り用に着替えやタオルを用意するなど、十分な準備が推奨される。温泉街の飲食店では、地元の日本酒や郷土料理を楽しむこともでき、祭りの余韻に浸ることができる。
関連情報
- 文化庁の日本遺産「究極の雪国とおかまち―真説!豪雪地ものがたり―」の構成文化財として「婿投げ」「スミぬり」が挙げられている
- 十日町市指定無形民俗文化財(風俗慣習)に指定されており、地域の文化遺産として保護されている
- 婿投げの参加夫婦は毎年11月末日まで公募で受け付けており、全国から応募が可能である
- 小正月(1月15日)は「女正月」とも呼ばれ、嫁が実家に帰省する習慣があった時期に当たる
- 会場の松之山温泉薬師堂は、温泉街のメインストリートである湯本の奥に位置する
- 2025年1月15日開催時には、東京と神奈川から参加した夫婦がおり、NHKのローカルニュースで放映された
- 墨塗りの際には「おめでとう」と声をかけ合いながら塗り合うのが習わしであり、見物客も参加可能である
- 祭り当日は温泉街の「じろー」と呼ばれる場所で甘酒(あまざけ)が振る舞われる「おかみ会」が開かれることがあり、英語対応可能なスタッフがいる場合がある
出典・関連リンク
- 📚 出典: Wikipedia, Wikidata (CC BY-SA 4.0)
- 🇯🇵 Wikipedia (日本語)
- 🔁 English version: Mukonage and Suminuri